建築系大学生による人生の楽しみ方
2010年6月以降はtwitterを連動させております。現在、メインブログは別にあります。
建築家と施主の関係から生まれるケンチク
建築家と施主の関係。

大学入学当時、僕はこの関係における建築家の存在をこう考えていた。




「建築家というのは、施主の要求を満足させるため存在」




もちろんこれ自体は、間違いではないと思う。

ただし、ココでは、




「施主の言う要求を、どれだけ忠実に具体化できるか」




というのが、建築家を評価する際のパラメーターとして、僕の中に存在していた。




そう考えていたのは、機能性を考えずに、

建築家として売れるための、作品性ばかり重視した建築に対する批判を、

工務店を経営する父親から聞かされていたせいかもしれない。




そんな考えを持ちながら、教員の話を聞いたり、友達と話していく中で、

自分の考えが少しズレていることに気づきはじめた。

特に教員の話から伝わってくる建築家像というものは




「社会に対して自分の考えをうったえ、世の中を良い方向へ導く存在」




だった。

つまり、ココでは



「施主が間違ったことをしようとしてるならば、建築家がそれを正してやらなければならない」



という意味も含んでいた。

大げさに聞こえるかもしれないが、これも間違いとは言えない。

例えば、金儲けばかり考えた施主に対しては、

これから建つであろう建築から生まれるマイナスとなる影響を伝え、

街全体が良くなるような、新たな提案を建築家が示さなくてはならない。




100%同意できないにしても、大学生活を通して、この考えが僕の中に定着していった。




ある時、コンペ終了後のことであるが、その自分の作品を見て、ふと思った。




「こんな家に誰が住みたいと思うのだろうか」




と。

建築学科に毒されていると感じた。

もちろん、与えられる情報を正しく理解していれば問題なかったわけだか、

結果として毒されていた。




また、ある授業で、性能設計に関する講義を受けた。

性能設計というのは、法律で定められる範囲に収めて設計すれば良いというものではなく、

より良い建築を目指すためのものである。

一見すると、設計の範囲が狭まり、建築家としては、嫌な存在らしいが、

これは結局、ユーザーからの意見(クレーム)によって生まれた設計方法であり、

逆に言えば、法律を犯さない範囲であれば、

性能が悪くてもユーザー(施主)がイイと言えばイイものらしい。




ここで僕はひとつの結論にいたる。




「建築は、施主と建築家が、共に作り上げていくものである」




もちろん、構造家・施工屋・設備屋などもあるが、それはおいておくことにする。

つまり、施主の要望を理解しつつ、それらを取り込みながらも、

建築家としての自分の考えを提案していく、といったところである。

これはひとつの解として、今でも僕の中に存在する。




おそらくこれからもずっと持ち続けている考えであると思うが、

それにはある理由がある。

とあるオープンハウスに行った時のこと。

その建築について一生懸命説明してくれる設計者がいた。

「なんでこの小さい家が大きく見えると思う?!それはねぇ・・・」

というような感じで。

こんなに思いをこめて設計してもらえれば幸せだなぁ、なんて思った。

しかし、その家を出た後に、あることを知った。

。。。

その人は設計者ではなかったのだ。

一生懸命に建築のことを説明していた設計者と思っていた人は施主だったのだ。

そのとき感じたのは、建築家の考えが建築として具体化されていて、

同時に、施主の考え(あるいは要望)も具体化されているということ。

共に作り上げている感じが伝わってきた。

しかも、その建築が良かったため、

「建築は、施主と建築家が、共に作り上げていくものである」

という考えは、正しいものであり、最終的な解答と確信していた。




しかし、先日、別のオープンハウスに行ったときのお施主さんからのお話を聞いて、

建築家が建築を設計する際にある、大きな前提を忘れていたことに気づいた。

それは、




「依頼する側はたとえ出来上がった物が建築家の自己満足で あったにしても、作風に惚れ込んで依頼する」




ということ。(これはそのお施主さんの言葉の一部を引用させていただきました。)

設計事務所というのは、ラーメン屋よりも多いということを聞いたことがあります。

そんな中から自分のところに依頼がくるということは、

そこには既に、その建築家への期待や信頼があるということ。

建築家はそれに応える存在であるということ。

忠実に施主の言うことを具体化する存在でもなければ、

共に作り上げていく存在とも違う。




そういえば、昔、

お施主さんが理解のある方だと良い建築ができる、

という話を聞いたことがあった。

その時は、そんなもの建築家の傲慢な考えであり、

いい建築ができない言い訳でしかないと思った。




しかし、普通の買い物とは違い、建築家に依頼するときの信頼度は

少なくともゼロではないはず。

これをどのように生かすかが、建築家の能力であり、

この関係もまた、最高の建築をつくり得るひとつの解だと感じた。




また、この関係を築く際には、それまでに自らの哲学を形成している必要があり、

それを建築化することが、このような関係を築くための第一歩なのだと感じた。

これはいづれの考えにおいても必要なことであると思う。



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文章を書くのが下手でスミマセン。
しかも、長くなってスミマセン。
読んでくれた方ありがとうございます。
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この記事に対するコメント

「建築は、施主と建築家が、共に作り上げていくものである」
って言う言葉を僕も最近どっかの書物で読みました。みんなそれぞれに個々の考えは持っていると思いますし書いてあったりしますけどぼくもこの言葉はなるほどなーと思いました。
そして自らの哲学を形成、、難しいことでしょうけど、そしてそれを建築化できる人が巨匠と呼ばれているような方々な気がします。。。 建築ってほんと奥が深いですけどそれこそやりがいがあり偉大な仕事ですよね!! ちゃっぷさんの読んでまたやる気が起きました!!がんばります!!がんばりましょう!!  ってかなんか偉そうな事いってすいません;;
【2008/04/24 00:52】 URL | haribo #- [ 編集]


なにやらプロダクトとも重なる部分もあったので興味深く読ませていただきました。

今の自分では共に作り上げていくというよりは世の中を良い方向へ導く存在的ニュアンスが自分の中でしっくりくる様な気がしました。
分野が違うのでアレですが…w

【2008/04/24 01:37】 URL | はっしぃ #OARS9n6I [ 編集]


お初です。
僕も今建築(意匠)を勉強しています。大学3年です。
実は自分も大学院を目指していまして、少し前からちゃっぷさんの日記を拝見しています。
本当にいろいろ参考にさせてもらっています。

設計の課題を考えていく中で、いつも悩むんです。
デザインに偏ってしまって、果たして自分が理想とする建築は本当に誰かから必要とされるのか・・・。
やはり僕らは人々が集う『空間』を創りたいのであって、デザイン一辺倒の『オブジェ』を作りたいのではありません。
どうすれば造形的に美しく、かつ人々から愛される建築が創れるのか・・・。
いつかつかめるときが来るのでしょうか?

僕も早く自らの建築哲学を形成したいです。
第一線で活躍なさっている先生方の話を聞いていると、最初建築とは無関係な(どちらかというと形而上学的な)話をしているのに、どんどん収束していって聞き終わった後に「あぁなるほどな」とうなずけるんですよねwそこがすごい!

まとまりのない駄文失礼いたしました。
【2008/04/24 05:45】 URL | ツイム #- [ 編集]


「建築は、施主と建築家が、共に作り上げていくものである」と
さくらも建築に無知ながらも思います。

昔TVで「ビフォーアフター」を見ていたとき、
建築士さんのアイデアに感動したのを覚えています。

限られた予算内で(←これは重要だと思います)
施主さんと建築家さんがともに満足できるものを作り上げるのは
大変なお仕事ですよね。(^-^)

ちゃっぷさんのお父様は工務店を経営なさっていらっしゃるんですね。
きっとお父様はちゃっぷさんにとってとても尊敬できる方なのでしょうね。

ではポチ☆して。。どうもお邪魔しました~☆
【2008/04/24 18:35】 URL | さくら #- [ 編集]


建築は奥深いですね・・・。

「僕の家を建てるときはちゃっぷさんみたいな人と建てたいな」

って素直に思いました。
【2008/04/24 18:42】 URL | 半田 #- [ 編集]


>hariboさん

「建築は、施主と建築家が、共に作り上げていくものである」
これは、施主と建築家の関係の一般的な解答のひとつなのでしょうね。

確かに、巨匠と呼ばれる方は、自らの、そして独自の、哲学だったり、信念だったりというのを持ってる気がします。
ただ、そこまで行くのが難しいのでしょうね。

お互いがんばりましょう!!

【2008/04/24 23:50】 URL | ちゃっぷ #- [ 編集]


>はっしぃさん

確かに、プロダクトとも重なる部分があると思います。
今回僕は、デザインしたものを使う人が定められている「住宅」を意識して話をしましたが、
公共建築などの不特定多数に対してデザインするものと、プロダクトデザインというのは似ていると思います。

その場合どちらも、何か自分の主張があったり、世の中を導いたりということがあると思います。
【2008/04/24 23:55】 URL | ちゃっぷ #- [ 編集]


> ツイム さん

コメントありがとうございます。

設計というのは常に悩まされますね。。
特に意匠系の人は、造形的に美しい作品をつくろうとしますが、
それにより機能が置いてかれたり、
かといって、機能ばっかり考えても、教科書通りにしかできないし、、、
深いことを色々考えて、考えた結果、普通だったり、、、大変です。

構造系の僕の場合、機能面での奇抜な提案を目指し、
結局、デザインもかっこ悪いし、機能性もないような建築になったりします(涙

でも、悩んだ量が多い人ほど、愛される建築がつくれる建築家になっていくのだと思います。

社会人になったら、こんなに悩み続けることなんてできなくなるはずです。
学生のうちにいっぱい悩んでおきましょ!!

ぜひまたコメントくださいm(_ _)m
【2008/04/25 00:07】 URL | ちゃっぷ #- [ 編集]


>さくらさん

ビフォーアフター。。。
あれを見てると、建築家ってすごく施主のことを考えてる気がしますね。

そして、そうなんですよ!
予算内におさめて、かつ良いものをってのがスゴイ大変なんですよ。
ここでも、施主と建築家の関係が問われるのだと思います。

ポチありがとうございます。
【2008/04/25 00:15】 URL | ちゃっぷ #- [ 編集]


>半田さん

いやー。。。
お世辞でも嬉しいです。
ありがとうございますm(_ _)m

建築ってのは僕にもぜんぜんわからないほど奥が深いです。
他の学科から見ると遊んでるように見えるらしいんですけどね。。。

。。。深いです
【2008/04/25 00:20】 URL | ちゃっぷ #- [ 編集]


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